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ときどきDJ

ときどきDJをやっているIT系の人の殴り書きです。

謎の浮遊感

わりと頻繁にあるのだが、身体がふわふわするような、地震が来た時にちょっとクラっとくるような、そんな感覚を覚えることが多くなった気がする。こういう感覚になることは昔からあるにはあったのだが、開発の追い込み時期とかで終電ダッシュで30連勤みたいな時くらいにしかなかったのに、今は1日に1回くらい感じているような気がする。

原因

いまのところわかってない。健康診断も毎年オールokで通ってるし、生え際が後退したくらいしか目立った衰えはないのに。ちなみに

開発の追い込み時期とかで終電ダッシュで30連勤みたいな時

に当時の上司との1on1で「最近身体がふわふわするんです。トランポリンの上を歩いているみたいで楽しい」と話をしたら「それは典型的なうつの兆候だからリリースしたら1週間休め」と言われたのはいい思い出だ。そういえばその年の健康診断では問診の際に「数値面では健康となっていますが、明らかに精神的には不健康と言わざるを得ないので心療内科を受信することを強くおすすめします」と言われたな。行って無くてごめんなさい。

対応

身体の衰えが原因なのか精神の疲れが原因なのかわからないので、念のためそれぞれの対策を練るのがよいと思われる。

身体面

圧倒的に栄養が足りていないのは目に見えている*1。まずはきちんと食事を摂ることに専念したい。食事の回数が多くないので、1食1食に可能な限り栄養がありバランスもとれている状態を目指したい。振り返り資料のために「毎回食事の写真を撮る」というのもいいかもしれない。iPhoneのカメラロールがすごく女子力高くなりそうだ。あとはサプリメント。頼るべきではないという話もよく聞くが、サプリメントだけで栄養を摂るのではなく食事+サプリメントの構成で摂取すれば問題無いだろう。ある程度費用はかかりそうだが、必要経費として割り切ることにする。

精神面

年が明けてから「楽しいことをする」と決めているので極力楽しいことベースで動いていきたい。

tokidokidj.hatenablog.com

ただ、体力的/金銭的に迷うこともあるとは思うので

たとえばビート組むとかってすごく好きだし楽しいんだけど、往々にして何かを「作る」ってすごい楽しいけど同時にめちゃくちゃ辛い。納得行くものができなかった時の絶望感とかがすごい。なので、ビートを組むってのは「今日はもうビート組みたくて組みたくてしょうがない!」って時だけ実行するようにした。そうしたらモチベーションも高い状態で作れるし、結果がダメでも「今日はひどい出来だったな!」と無意味に落ち込んだりしないでいられた。惰性で作って落ち込むのではなく、体調面とか含めて満ち溢れてる時に作るってのはいいのかもしれない。

のように、「無条件的に楽しいはず」と思える状況でなければやらなくてもよい、というルールを追加しようと思う。惰眠を貪るのもそれはそれで価値があるとして、如何に無条件的に楽しいと思える状況を探せるかが鍵になるだろう。

心身の健康に向けて

気合をいれて頑張ろうとするとかえって疲れるのが目にみえているのでゆるく動いていきたいと思う。よくなるといいな、どうすればよくなるかな、という姿勢こそが一番肩の力を抜いた状態で目的に到達できる気がしてる。ゆるく、健やかに、やっていきましょう。

*1:もとから食生活が雑なので

自分になにが作れるのか

ふとした時に、たまに思うことがある。自分に何が作れるんだろうかと。

ディレクターという存在

IT業界におけるディレクターという存在はどのようなバックグラウンドを持つかによって3種類に分けられると思う。

  • エンジニア出身ディレクター
  • デザイナー出身ディレクター
  • プランナー出身ディレクター

おそらく世の人が想像する「ディレクター」というのは3番目の「プランナー出身ディレクター」なのではないかと思う。簡単にまとめるならば「なんか面白いことを考えられる人」といった感じ。僕も一応プランナー出身ディレクターに属するのだと思ってるのだが、業界を覗いてみると別にプランナー出身ディレクターはそこまで多くないと思う。

むしろ実態として多いのはエンジニア出身ディレクターなんじゃなかろうか。いやわからんけどさ。イメージとしてエンジニアリングの中でどんどん企画にコミットして、気がついたらリーダー、そのままディレクターという肩書になっていた、みたいな人って結構いると思う。デザイナー出身のディレクターが多いのはweb界隈なんじゃないかな。webデザインと企画ってかなり領域として近いから「デザインする上で気になったところを口出しまくってたら気がついたらリー(以下略」と言った感じ。あくまで感覚値ではるが。

「作れる」技術

エンジニア出身ディレクターさんはその気になればモックくらいなら自分で作ったりすることができる。デザインは仮でも実際に動かせるとイメージが湧くので当然企画の濃さ*1も目に見える形に出来る。デザイナー出身ディレクターさんは動かなくても動いてもおかしくないようなデザインレベルまで企画段階で仕上げることが出来る。実際に動きそうなものが目の前にあると「使ってみるだろうか」をよりリアルに想像できるようになるし、昨今モック作成ツールはたくさんあるのでシンプルな動きであれば実装せずとも動きをイメージできるようになる。

プランナー出身ディレクターはなにができるのだろうか。僕の知っているプランナー出身ディレクターさんですごい人がいる。とにかく企画書を読んでいるだけでわくわくしてしまうし、話をしていて懸念点を伝えても返ってくる答えを聞くとなんだかすごく楽しそう/有用そうに聞こえてくる。これがプランナー出身ディレクターの境地なのではとも思う。

僕は?

自分を振り返って考えてみても、僕は「最高に面白そうなことを考えれる人」ではないように思う。もちろん順序立てて企画を作って、開発期には有象無象の判断をして決断を下せるとは思っている。だが、これって本当に価値なのだろうか。別に他の人でもできることなのではなかろうか。そんな疑問がつきまとう。なにせ、常に「人に作ってもらっている」からだ。決断もする、調整もする、だけど自分が手を動かしていないものを、僕は「僕が作りました」と言えるのだろうか。

僕はなにも作れない。作れないからこそできることもあると思う。そうして、「いかなる状況でも最善と思われる判断をする」 「最大の効果を出すことにのみ注力する」「調整が必要な時はなんとしても調整できるように握りを取る」「聞かれたことに可能な限り即答する」ということに専念して、実際に開発している人たちがやらないことをどうにかやってきた。それが変に認められてしまってお山の大将として立っている。

技術を持たない人間として

ある意味いまやっていることも「他の人にはできないことをやっている」のかもしれない。だけど「自分では作れない」ということがいつまでも僕の頭の中に残り続ける。もちろん「手を動かした人が偉い」わけではないが、「手を動かした人は偉い」と思ってしまう。こんなコンプレックスがあるからこそ、開発陣には負担をかけないように立ち回り胸を張って「これは僕が作りました」といえるようになりたい。ただ、このままでいいのかは今でもわからない。わからないから僕は音楽や写真を撮るんだと思う。作るのは難しい、その気持ちがほんの少しでも共感できるようになるために。

*1:面白さだったり、面白くなくても少なくとも「面白いか面白くないか判断できる」レベルに達しているかどうか

時計を新しくした

数年前に気に入っていた時計が壊れた。電池が切れたとかではなく、わりと激しい運動するときにつけっぱなしにしていたら、すっ転んだ時に時計とバンドを繋ぐシャフトがへし折れてしまった。懐中時計的には使えるけど腕時計の文字盤部分だけだとかっこつかないし、なにより腕時計が必要だったから諦めることにした。その後、Amazonでチープカシオ*1を注文し、いまでも使ってる。

安い時計には安い時計の良さがあるが

もちろん値段=品質だというわけではない。ないが、ある程度は関係してくる。今の時計も、クォーツは全く問題ないが既にベルト部がボロボロになってしまった。薄くて軽くて気に入ってたんだけどな。どうしても製造費を考えればそんなにタフに作られてるわけではないので致し方ないとしか言いようがない。どんまい。

新しい時計

この間のエントリで書いたけどやっぱりそれなりに良いモノを身に着けていたくなったので、気持ちが乗っているときに購入してしまった。今月は金無いなと思っていたところにカードで貯まったポイントでちょうどまかなえたということでホイホイと。ネットで買ったからまだ届いてないんだけどね。

tokidokidj.hatenablog.com

新しく買ったのは今使ってる時計の10倍くらいの値段*2したので、少しでも大人の雰囲気を出せるといいなと思う。シンプル、薄い、軽量、で選んだのでとても楽しみ。次になにか手を出すとしたら靴*3か、服になる気がしてる。服も靴も最小限の気に入ったものだけ集めてるので防寒や防雨などに弱いため、良い物を買ってオールラウンドに対応できるようになりたい。

気持ちの面

いまイケイケにモノ買って、金銭面的に大丈夫かなという懸念はある。懸念はあるが、いまここで買えば「5~10年くらいは戦える」と思えば個人的なキャッシュフローを間違えなければ問題無いとも思う。今後もキャッシュフローには気をつけつつ、良いモノを身につけて気持ちよく毎日を過ごせるように頑張っていきたいと思う。

*1:単純にお金がなかったから安いのを選んだという面と、またぶっ壊しかねないので値が張るものは怖いというビビった面がある

*2:チープカシオの10倍だから実際はすごく安い

*3:スニーカーではなく革靴

最近聴いてよかったやつ

雑な忘備録。youtubeのプレイリストでやれよというツッコミはなしでお願いしたい。よく考えたらずっと下書きのままで、聴いたのもはや最近じゃないけどまあいいやと思う。

Rei - COCOA

youtu.be

なんの記事で知ったのか忘れたけど「すげーいいブルース少女がいる」って聞いて、気になったので聴いてみた。カバー類の動画がyoutubeにたくさんあるが、すごくいい。ブルージー。こんな若い娘がこんな渋く歌い上げるのかと感嘆した。で、この曲だが、オリジナル曲は結構年相応というか、端的にかわいらしい曲が多い。この曲もギターのかき鳴らしっぷりはエグいが、全体としてすごくカラフルな曲だと思う。こういう人たちが新しい音楽を作っていくんだろうなと期待できた1曲でした。

MGF - 優しくしないで'94

www.youtube.com

たしかspotifyのCM*1で「アルバム出るから聴いてね!」ってコメントの裏で鳴ってるビートにグイグイ惹かれてしまった。youtubeにフル動画があがっていてよかった。なんかすごい雰囲気あるギターだなぁと思っていたらMGFはRose Records所属と知って納得。曽我部さん!!!

本人たちが全員モデルと聞くとちょっと身構えるところがあったが、『優しくしないで'94』はバースもフックもすごく好みだった。ラップの味って単純な韻の固さだけじゃないんだなって改めて思ったし、サビの穏やかな内容ってすごく現代的で心にグッとくる。ビートよし、ラップよし、掛け合いよし、おしゃれ。いい。すごくいい。

Special Favorite Music - Magic Hour

www.youtube.com

Special Favorite Musicって「おしゃれスーパーリア充集団」だと思ってました。本当にごめんなさい。もちろんこれはディスってるわけではなく、ポップミュージックの中でも日向の人たちというか、明るい曲が魅力的な人たちだと思ってたという話。『Magic Hour』はダウンテンポ*2のゆったりとしたビートで、細く儚いボーカルの声がすごく合ってる1曲だと思う。マジックアワーという言葉の響きと、ボーカルの声の響きが本当に「すぐに過ぎ去ってしまう一瞬のとき」って感じで。あと好きなところは

  • Magic Hour を「マジックハワー」っぽく発音する可愛らしさ
  • 「come back tonight」のあとの「yeah」が可愛い

って感じ。可愛いのが好きってだけみたいになってしまった。そういえばバイオリンの人いなくなっちゃったのかな。

STUTS - 夜を使いはたして feat. PUNPEE

www.youtube.com

PV!STUSくんほんといいビート作る。そしてPUNPEEさんというナイスな人選。こういうのを聞くと「あーやっぱりHipHop好きだなー」って思う。ビートが暖かくて、そこに乗っかるラップが肩肘張ってないすごく自然なリリックで、すごく素敵だなと思う。

いくつもの夜を使い果たして 気づけば 君以外 行方不明

詩人だなぁ、PUNPEEさん。そしてこのラップが乗って全く気後れしないこのビートは本当にいい。2バース目のphaserかかったような音とか、感動するレベル。日本のHipHopいいぞ。

cero - 街の報せ

www.youtube.com

なにを今更って感じではあるが。これを聴いてHipHopを感じられない人はいないだろう。最高にかっこいい。しかしまあ揺れるビートをこんなにかっこよく入れることが出来るのって、HipHopのビート職人でもそういない気がする。dillaっぽいというか、?estlove的というか。上手く表現できないけど、ビートのハマり方/エレピの優しさ/ホーンのさり気なさ/ベースの安定感/歌声の色気、全てが好き。

never young beach - お別れの歌

www.youtube.com

PVに出てる女の子かわいすぎませんかね?曲と関係ないのでこの話は割愛しますが。 never young beachは本当に若い人たちが演ってるのか疑いたくなる。皮を剥いだら細野晴臣とかが出て来るんじゃないかな。いままでは最高に渋い曲を作ってるなという印象だったが、この『お別れの歌』はちょっと声を荒げたりして新たな一面をみたような感覚を受けた。かき鳴らされるギターに、シンバルの派手さが相まって、若々しい音がよい。しっかしPVの約半分をいちゃつき映像がしめていて本気でイラッとする(褒め言葉)。

*1:無料ユーザだとたまに流れるあれ

*2:というほど遅くもない

「良いモノ」を身に着けていたくなった

昔から服や小物は好きだった。ファッションという横文字を使うとなぜか無性にむず痒くなので「自分の好きなものを身に着けてるのが好きです」という言い方をしていたが、要はファッション関係のことが好きなのだ。学生時代はお金がなかったので*1よく古着屋に行っていた。古着はすごくいい。レコード掘るのと一緒で、成果が安定しないからこそ「これだ」というものに出会ったときの高揚感がすごい。とは言え最近はそういった労力を確保するだけ身体に余裕がないので、普通に新品で買うようになった。

これまで身につけてたもの

ある程度の年齢になってからは無印良品でばっかり買ってた。むしろ無印以外で買うほうが少ないくらい。単純に無印のプロダクトが好きなのだ。何年か前のキャッチコピーで

水のようでありたい

というのがツボで、僕も水のようでありたいなと今でも思ってる。探したらあった。2009年。8年前!!

無印良品[無印良品からのメッセージ]

話はそれたが、無印を買い続けてたのは「比較的廉価で、すごい好きなもの」だったからだと思う。お金の使い方として、すごく値が張るモノには特に魅力を感じていなかったから無印は本当にちょうどよかった。そうやって考えると、いままでは「最高のコストパフォーマンスで最高に好きなもの」という考えが強かったんだと思う。

最近の考え

ある程度歳をとり、僕もそろそろ雰囲気が出せるようになりたいなという欲求が出てきた。別に高価なものを身につけたいわけではない。最高に好きなものだけ身につけていたくなったということだ。コストパフォーマンスはもちろん大事なのだが、「1年身につけられる比較的廉価なもの」よりも「10年身につけられる多少高価なもの」の方が欲しい、という思考になった。よくよく考えてみると、若いときの趣味趣向は結構移ろいやすいので「10年身につけたいもの」っていうのが単純にわからなかったのではないかなとも思う。今の歳になると流石に自分の趣味がどういうものかはだいたいわかってるし、いま身につけているものもだいたい10年前くらいから気に入っているものに絞られてきた。なので次の10年を戦えるものが欲しいという欲求はすごくシンプルなのかもしれない。

というわけで

メガネを買い直した。そんなバカ高いものではなかったけど、普段からそんなに出費の多くない僕としてはおそらく2017年一番高価な買い物になったんじゃないかなと思う。買う時は正直勢いで買ったけど、もともと入念に調べて欲しくて探し回ってたものだったからいい買い物だったと思いたい。そして、大事に次の10年を一緒に戦っていきたい。

*1:今も無いんだけど

楽しく仕事をしたい

仕事をしていて、「楽しいな」って思う瞬間ってのは人それぞれだと思う。最悪楽しくなくても、見合う金銭が得られるのであれば別にそれでもいいとすら思う。ただ、どうしても自分が仕事をする上では「楽しいな」と思える仕事をしたいと思ってる。趣味を仕事にするって意味ではなく、仕事自体を楽しんでいたいという気持ち。せっかく多くの時間を費やすのなら楽しくないより楽しいと思えた方が得だ。

楽しい仕事をするには

ゴールが人それぞれだと思うので万人に通用する話はできない。よって、これは僕が思う「楽しい仕事」をするための方法である。まだまだ精進の身ではあるが、現時点でわかったことをまとめておく。

「認められる仕事」じゃなくて「いい仕事」をする

誰かに評価されようという前提でする仕事はあんまり楽しくなかった。といってもこれは「振り返ってみたらあれは気に入られようとしてやった仕事だなと思った」ものなので、リアルタイムにいましてる仕事が「認められる仕事になってしまっているか」を把握するのはなかなかに難しい。ただ、そういった「政治的な思惑」が少しでも頭をよぎったらなるべく思考を整理するように努めてる。

では「いい仕事」とはなにか。これはこれであやふやだが、「誰かのためになる」「自分の実力が120%発揮できる」「誰かがやらないとダメになる」仕事をガッツリ仕上げたときには結構「いい仕事したな」と思えることが多い。人*1を思ってやる仕事には「それをやった自分がどう評価されるか」以上に得られるものが大きい。結果評価も上がればさらに嬉しくなれる。自分の得意分野で戦う仕事のときもそう。自分の土俵だからこそプレッシャーもかかるが、やはり挑戦して乗り越えたときは気分がいいし、仮にダメでも次に繋がる。そういえばすごく好きな言葉で「成功すればヒーロー、失敗してもチャレンジャー」って言葉があったな。

logmi.jp

誰かがやらないとダメになる仕事をやっつけたときも気分がいい。自分がやったことを外に主張する必要はなく、それをやったことによってダメにならなかった状態を見ていられることに対して歓びを感じる。今後もこういう「いい仕事」ができるように頑張っていきたい。

人を馬鹿にした仕事をしない

なにかをやるときにはなるべく「人を馬鹿にしない」ように気をつけてる。フォローに入るときとかは正直「なんでこんなくだらないことをやんなくちゃいけないんだ、これぐらいやれよ」みたいなことを思うことも少なくないんだけど、誰かをとぼしめるような思考で仕事をしてもやっぱり楽しくない。それであれば「僕がやればすげーよくなるはず」って気持ちに切り替えるようにしてる。

あとはサービスを作ってると「ユーザさんにはそんなことわからないよ」って文脈の話になることが結構あるが、そういうときも「ユーザは馬鹿だから」みたいな論調にならないように気をつけてる。だって、自分たちが作って運営してるサービスを使ってくれてる人、さらにはそれにお金を払ってくれてる人を馬鹿にするってそんな寂しいことないじゃないかと思うからだ。良いと思ってもらえると思って作って、それを実際に使ってくれて、ちゃんとお金を払ってくれてる人たちにはやっぱり恩返しできるようにしたい。そうやって考えて実行した施策が数字や声で返ってくるとすっごい楽しくなる。だからやっぱり人を馬鹿にした仕事はしない方がいいなと思う。

精一杯やる

なにごとも全力を尽くさないと自分の中に言い訳ができてしまってよくないなと最近思う。ただ誤解のないように、これは別に「終電まで働け」とかいうわけではない。例えば定時まで働くにあたって、「限られた時間の中でどれだけ最大の効果を出すか」ってことを念頭に置いておくべきだって話だ。僕自身、結構ダレて仕事をする癖があるので自戒の念を込めて。

全力でやると成功しようが失敗しようが自分の実力値がわかる。そして、なにに全力をかけてどういう結果が出たかがわかれば、今度は仕事にかける力加減を把握できるようになる。「前回これにすごい力を入れたけど、大きな効果は出なかったから必要最小限の労力でやろう」とか、そういう風にかける力の度合いが変わってくれば、別のことにも手をだせるようになるし、効果を最大化するためにどうすべきかという思考が普段からできるようになる。それを考えた上で最高のパフォーマンスが出たときの高揚感は非常によい。誰かに/なにかに/自分に言い訳を作らないためには精一杯やるというのが一番だ。

むすび

僕なりに「どうやっていい仕事をするか」を考えるといまはこんな感じだと思う。何度も繰り返すがこれは万人には通用しない。認められる仕事じゃなくていい仕事、という前提の時点で僕が比較的上司が少ない環境(ある程度上のポジションにいる)からだということも大きいと思う。やっぱり目上の人がいるときにはその人の顔色を伺ってることもあると思うし。しかしながら、いままで積み上げてきたものを糧に戦っていくしかない*2ので、今の僕にはこういう考えがある、という話だ。さあ今日も明日も頑張っていこう。

*1:あるいはチーム、あるいはユーザさんなど

*2:ときにはそれを捨てることも重要だが、言い出したらきりがなくなる

またリモートワーク始めた

前々からずっとやろうと思ってたんだけど、年始から週1日リモートワークの日を設定した。1年半ぶり2度目。集中してやりたい作業があるというのと、僕はわりと今の組織で上の方にいる立場なので「ああいう人がリモートでやっていけるんなら自分もやりたい/やらせてほしい」という声が挙がることを期待して*1。独身中年男性が育児とかするでもなくリモートで結果出したらもうちょっと寛容になるだろう。

意外とだらけない

正直もっとだらけてしまうんじゃないかとビビっていたのだが、意外とちゃんと働いてる。やるべきことがあるし、それをちゃんと把握できてるからというところが大きいとは思うが。この辺はたぶん前回の教訓があるからだと思う。

tokidokidj.hatenablog.com

あとはリモートも週1日だけだし、まだ2週目だから自分を律せてるのだというのもあるだろう。これが1ヶ月、数ヶ月、半年と続いたとしてどうなるかを考えるとまだ自分を信用しきれないので要経過観察といったところか。そういえば前回はなぜリモートをやめたのかを復習しておけば同じミスは繰り返さなくなるだろうから振り返っておく。

前回リモートをやめた理由

結局話した方が早いという結論に至った

チームで作業しているときにはどうしても会話が必要で、それによって効率が抜群に上がったりするのを体感してたからリモートをやめにした。これは事前にちゃんと整備すべきだったという意味で、辛い経験だが学びにはなった。今回はどうか。

リモートでやる作業を個人作業に寄せてあるので、前回のように「あーこんなんならオフィス行ったほうが早いわ」ってことはなくなるはず。チームでの作業は全て出社日、リモートの時は連絡はつくようにしておくが作業はしないし、時間がかかる項目は超緊急でない限り出社した時に確認というのを周知してある*2。おそらくハードル1つ突破。

作業の見切りがつかずにかえって長時間労働化した

定時という概念はあるが、それを体感することがない*3と「やっとこうと思った分だけやれてしまう」ので、結果的に長時間労働化して体力も精神力も持っていかれてしまった。では今回。

リモートの日は18時から1時間オンラインミーティングを入れているので、それが終わったら業務終了という風に決めて運用している。2週間やってみた限りではなかなかいい感じだという印象だ。もちろんミーティングの結果すぐに動く必要があるというケースも起こりうるが、それはもうしょうがない。逆に言えばすぐに動く必要がない用件だったら次の日オフィスに行ってから対応する、という流れができつつあるので徹底していきたい。これはもう「そうするぞ」って気持ち*4が重要な気がするので頑張って行きたい所存だ。


こうやって見てみると、結構ちゃんと穴は塞いで臨んでるんじゃないかと思える。が、どうせ新たな問題にぶち当たると思うので来るべき時に備えて全力で立ち向かえるようにしておこう。

というわけで

久しぶりにリモートワークを楽しんでいる。やはり個人作業をしているだけであれば「チームにいらん苦労をかけているのではないか」みたいな心配がない*5のはよい。仕事をしつつ料理をしたり掃除をしたり荷物の受取ができたりするので生活も少しは向上しそうだ。だが、普段オフィスにいる時間には出来ないことが出来る、という状態に甘んじて仕事がおろそかになっては本末転倒。いかに「仕事のクオリティを維持しつつ他にできることをやるか」ということに意識を向けられているのでこのままキープしたい。オフィスにいたら出来ないから諦めていたことが出来るようになると、さらに時間の使い方を工面して効率化できるかという思考になるのでむしろ忙しくなった気がするが、どうにかいい方向に物事が進むよう精進していこうと思う。

*1:こんなこと言ってるけど、僕は「ワークライフバランス」とかって考え方はあんまり好きじゃない

*2:理解あるメンバーでよかった

*3:オフィス締めるぞーとか、n時以降空調動かないぞーとかがないとこういうことが起きたりする

*4:「明日面倒なことやりたくないからちょっとやっちゃお」みたいな惰性での仕事をしない、と自分で線を引く

*5:心配ないくらいメンバーがちゃんとやってくれてるので、結局は人とタイミングに恵まれているだけなのだが